研究生に配りたいカード

絵の習熟というか、特にイラスト製作は、いくつかのスキルの集合体だと思うんですよね。そのスキルをカード化して、自分の技術として集めていく、自分は制作について、そんなイメージを持っています。

たとえば、ピクシブとかだと

・棒人間(わーい画)カード

・バストアップカード

・模写しまくりカード

この3枚のカードを持っていれば、舞台には上がれると思います。そこからもうちょっとカードを集めるとなると

・パーツカード

・メッセージカード

・表現カード

なんかが入ってくると思います。自分の手持ちカードは今数えたら15枚ぐらいでした。こんなもんなんだ。あらま。専門学校や美術系の教室で、こういったカリキュラム式?のやり方がなかなかうまくいかないのは「これらのカードコレクションを集めるタイミングが人によって違うからや、一方通行ではないから」なのかなと思います。

これまでのSAKKA塾では、「好きなように描きたい人」と「学びたい人」が混在していたので、こういうのあまりギャーギャー言うのどうかなって思ってたのです。自由でいたい、という人の横で、理論化した「こうすべき論」の話があると、自由が好きな人が自分を否定された気分になる、ってやつです。

これ、何も絵に限ったことではなく、芸事はほとんどありますからね。まっすぐのパンチをうつ、とすると。とりあえずサンドバッグ1万回打て、だと、多くの人は腕を壊して終わりだと思います。関節の連動や正しいフォームを知ったうえで1万回打てば、ほとんど力を使わないで高い威力の技を習熟できるのに、考えるのがめんどくさい人はひたすら打ちますし、そのうち1万回打つのもめんどくさくなるので、気が向いた時に100回ぐらい打ちます。

これは「結果ではなく、辛いのを我慢した総量を評価する」という日本のクソ教育システムのゴミなんですが……いやその話を今するところじゃない。

あ、でも、多くの映画やアニメで、「成長こそ正義!」「まだ見ぬ自分へ!!」みたいなのがもてはやされたおかげなのか「成長しようとしない人はダメ」みたいな風潮もありますよね。でも、成長プレッシャーは普段のお仕事で散々にかけられているんだから、絵まで成長云々言われたくはない!というのも充分に解ります。SAKKA塾はそういう人たちの集まれる場所でもあるべきです。人それぞれ。赤が好きか青が好きかだけ。どっちが精神的に上ってのは無いです。

とかいいつつ自分も、完全に自由でいたい派なんです。でも、SAKKA塾は部分的にではあれど「絵の上達」という報酬をチラつかせる以上、その習熟システムというのはあるべきだとは思っています。自分も、使えるシステムになって、みんなの絵が上手くなるかどうかって言うのはすごく興味ありますし。今後は研究生コースとして別けられるので、研究室ではこういうのバッチリやっていこうと思っています( ゚∀゚)ノ

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